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2015年06月30日 | Posted by フク

フォトグラファーズレポート ~太田章彦さん~

みなさんこんにちは、フクです。

今回のフォトグラファーズレポートは、本コーナー初の平成生まれ、26歳の若手写真家、太田章彦さんにお話しを伺います。

<太田章彦(おおたあきひこ)さんプロフィール>

1989年 島根県生まれ, 島根県在住

2010年 ビジュアルアーツ専門学校・大阪 卒業

2012年 Nikon Juna 21

個展

2013年 Nikon Juna 21 | Blowin' In The Wind - 大阪ニコンサロン, 大阪

2013年 これまでとこれから - 52Bar, 島根

2012年 Nikon Juna 21 | Blowin' In The Wind - 新宿ニコンサロン, 東京

2012年 Blowin' In The Wind - ハッテンギャラリー, 大阪

グループ展

2014年 東川町国際写真フェスティバル | 旧秋山邸アートプロジェクト - 旧秋山邸,北海道

2011年 Birds In The Frame - ハッテンギャラリー, 大阪

2010年 東川町国際写真フェスティバル | インディペンデンス展 - 東川町文化ギャラリー, 北海道

~ショートケーキから写真へ~

フク:「まずは必ず伺っている写真を撮りはじめたきっかけについてお尋ねしたいと思います。」

太田さん:「高校生の頃、全国高等学校総合文化祭という文化系部活動のインターハイのようなイベントが島根県で開催されたのですが、その実行委員が不足しているということで先生に声を掛けられたんです。その当時僕は帰宅部だったので。」

フク:「そこでいきなり写真をやってみようと?」

太田さん:「いえ。写真には全く興味がありませんでしたので、声を掛けられたところでやるはずがなかったのですが・・・。でもこれは嘘みたいな本当の話なんですけど、声を掛けられて話をした時、先生はイチゴのショートケーキを出してくれたのです。それを食べたわけですが、そうしたら「食べたね?では(実行委員に)入って」みたいな流れになってしまったのです。そして、実行委員になったからには何かしら作品を作らないといけないので写真を撮ったのですが、その写真が全部評価されたわけです。そこで「こんな簡単な世界があるとは・・・」と勘違いをして写真に興味を持ったのがきっかけです。」

フク:「半ば強制的に写真を撮るようになって、やってみたら結構面白かったと・・・。ところで撮影をはじめた当時、カメラは自分のものをお持ちだったのですか?」

太田さん:「全部学校から借りていました。フィルムの交換すら在学中は覚えることができず、撮り切ったら先生に入れ替えてもらうという感じでした。」

フク:「当時評価された写真はどんなものだったのですか?」

太田さん:「いわゆるネイチャー写真とか風景写真といったコンテストの王道と呼ばれるような写真でした。とはいえ写真雑誌に掲載されているネイチャー写真や風景写真は、背景のボケ方などにも細心の注意を払って撮影されていますが、僕がやっていたのはそうした注意や手間を極力省いて楽に撮るようなものでした。」

フク:「しかし、結果的に評価されたのも太田さんの写真が当時から素晴らしかったからではないでしょうか?」

Oa1太田さん:「いやそれはないですね(笑)。とりあえずちゃんと作品にしようと思って撮っていたから、という評価だったんじゃないでしょうか?そこから写真をやろうと本当に思い始めたのは、卒業後の進路を決める時です。通っていたのは商業高校でしたので、そこでは簿記や情報処理などの授業も受けていましたし、その他にピアノなどをやっていました。典型的な器用貧乏タイプ(笑)。ですから進路を思い浮かべた時にいくつか選択肢があったわけですが、大学に行くほどの頭もなかったので、まず音大はないな・・・では専門学校だったら簿記や情報処理。でもそれを一生の仕事としてやっていくことを想像するとなんだか楽しくなさそうだな・・・そこで写真というのは進路としてどうだろう?と思いまして、ビジュアルアーツ専門学校 大阪へ行くことを決めました。」

フク:「専門学校はどちらかというと大学よりも将来のビジョンを描いて行く所のようなイメージですが、そこに“何だかわからないけど”を理由に進路を決めるというのは面白いというか勇気があるなと思いました。専門学校では写真漬けの日々だったのですか?」

太田さん:「そうですね。専門学校に行って、風景写真=田園風景・富士山とか、ネイチャー写真=花みたいなものだけが写真じゃないということを初めて知って、そこで写真作家になりたいと思うようになりました。在学中はとんかつ屋でバイトをしながら定期的に作品を作って先生に見てもらうことを繰り返していました。大阪にいた3年間は「何が写真になるんだろう?」ということばかりを考えていました。」

フク:「写真作家になりたいと考え始めたきっかけとか影響とかは何かあったのですか?」

太田さん:「森山大道さんと荒木経惟さんの2人の作家を知ったのがきっかけです。特に森山さんは全国高等学校総合文化祭の時に評価していただいた作家でした。」

フク:「そうだったんですか?それすごいじゃないですか!!」

太田さん:「ビジュアルアーツ専門学校 大阪と森山さんは比較的関係が濃く、特別講義などで来校していたのですが、そこであの時の人って凄い人なんだって初めて知りました。(笑)」

フク:「余談ですが、在学中はどんなカメラを使っていらしたのですか?」

太田さん:「Nikon FEに50ミリレンズをつけた状態からスタートし、CONTAX Ariaになり、そこからG2、T3と使っていました。全部フィルムカメラでしたね。」

~自由すぎると中身が空っぽになってしまう~

フク:「卒業後に島根に戻られるわけですが、これはご実家に戻られたんですか?」

太田さん:「同じ島根県ですが、西部の浜田市というところに祖母がいましたので、そこに住むようになりました。」

フク:「なぜ島根に戻り、おばあさんの家に住もうと思ったのでしょう?」

太田さん:「学生の時に作っていた作品は、手当たりしだいになんでも撮っていたというものでした。当時は作品に関わるテーマを全く持ち合わせていませんでしたので、ありとあらゆるものを撮ってそれをまとめることしかできなかったのです。学部在学中の卒業制作とその後1年間研究生として在籍していた時に作った作品がそれに当たります。」

フク:「どんな作品だったのですか?」

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太田さん:「強いて言うならば「究極の空っぽの作品」です。卒業制作ではネパールを撮りに行き、研究生の時には自分の彼女を撮ってそれぞれ作品にしていました。しかし「なぜネパールで撮ったのか」とか、「なぜ太田が撮るのか」といったテーマになりそうな要素が全くない、ともすると発表する意味なんてないだろうと思われる作品です。そういう作品を続けて作っていくうちに、徐々に「僕はこういう写真をやりたくないな」と思ったわけです。そして、結局写真を撮る自分が自由だと何でも写真にはできますが、自由すぎると中身が空っぽになってしまう。中身、テーマをそこに入れていくにはある程度撮る側にも制約をつけてやる必要があるんだなと気づいたのです。その制約のひとつとして島根に戻る、自分のルーツに辿ることを決めました。」

フク:「23歳でそんなことを考えてらっしゃるってすごいですね。」

太田さん:「今だからこういう風にお話しできますけど、当時は完全に迷走していました。周りに相当心配をかけている時期だったと思います。もし自分に子供がいて、同じようなことを言ったら「ちょっと待てよ」ってきっと言いますから(笑)。」

フク:「浜田に移り住んで撮影された作品は写真展「blowin' in the wind」としてニコンサロンJuna21で発表されましたが。」

太田さん:「浜田に住んで写真を撮りながら仕事をと思ったのですが、順調にはいきませんでした。この作品では「限界集落」という言葉を視覚化する試みに挑戦しましたが、限界集落の問題といってもそもそも僕が持っているボキャブラリーというか知識が少なすぎたのです。「知らない」ということを知らない状況で現場に行っていましたので、そこで写真を撮っても結果として作品の強度が生まれない。ですからこの間に撮っていた写真はフィルム本数で30本くらいと、まったく振るわなかったです。なんとかJuna21の展示までこぎつけられたからよかったのですが・・・。」

フク:「なるほど。浜田では相当苦戦を強いられたわけですね。話は進みますが、「blowin' in the wind」を終えてから今住んでらっしゃる海士町に移り住んだわけですが、なぜ海士町だったのでしょう?」

太田さん:「あらためて浜田での撮影が順調にいかなかった原因を考えてみますと、一番の原因は、自分がその地域にコミットしていなかったという点に行きつきました。ではコミットするには?と考えた時、やはり仕事の種類が重要ではないかと思いまして、そこで「町おこし」や「地域創生」といったキーワードで有名な海士町に行ってみようと思ったのです。」

~写真家であり続けながら島に居続ける~

フク:「その仕事の種類とは何ですか?」

太田さん:「観光協会での仕事です。」

フク:「具体的にはどんな仕事なのでしょう?ちなみに今は東京で写真展開催中ということで休暇中なんですよね?」

太田さん:「はい、お休みをいただきました。東京に来る直前まで岩牡蠣の出荷を手伝っていました。その他にも季節によっては漁師をやったりナマコの加工を手伝ったりホテルマンになったり・・・。」

フク:「その季節に合わせて内容が変わるお仕事なんですね。」

太田さん:「海士町には岩牡蠣のブランド「春香」があって、春に出荷のピークを迎えます。夏は宿泊業が忙しくなり、秋は海産物の冷凍処理、冬はナマコの出荷といった具合に、季節ごとに人手が必要になるんです。たとえて言えば、季節労働を1年つなげる働き方です。そこにカメラを持って入っていくのが僕の撮影スタイルです。」

フク:「移り住んで丸2年くらいですよね?もともとそういう募集があったんですか?」

太田さん:「そうです。1年目は季節ごとの仕事の手配をやってもらっていて、そこに配属されるような形で働いていました。2年目から、少しずつではありますが、ある程度自分で仕事を選ぶというか組み合わせを考えることができるようになってきました。繁忙期を渡り歩きますので、僕自身は一年中繁忙期となります。しかし、当たり前のようで、”一年中繁忙期”ということに気づくのも、働いてみてようやく見えた課題でした(笑)。年間4、5回上司が変わるのでどんどん上司が増えていき、それに伴って歓迎会と送別会があったり、なので結果、よく飲み歩いています。お酒の飲めない人には厳しいです・・・なんだか写真家の話じゃないですよね(笑)。」

フク:「いやいや(笑)すごくハードなお仕事だと思いますが、魅力的です。どの職場でもそれなりにやって行ける適応力とコミュニケーション能力が必要になるので、ある程度器用でないと務まらないのでは?」

太田さん:「まさに器用貧乏だからできる仕事です(笑)。でも、ひとつの海産物を採るところから加工するところ、果てはお客さんの手に届くところまでを見ることができるという、島の関係が見えやすい仕事ができるので楽しいです。」

フク:「島での撮影は、まだフィルムをメインにされているのですか?」

太田さん:「はじめは35ミリと6×7をメインにしていましたが、フィルムを買うのもインターネットでクリックして何日後かにようやく届いて、撮ったフィルムを現像に出すのも船に乗せて1週間〜10日くらいでようやく出来上がってきます。そうなるとやはり写真は撮るんですけどなかなか束としての作品ができません。テンポが合わないというか・・・・。撮ったらすぐ見たいという写真に対する熱が、現像が上がってくるまで続かないという状況だったわけです。締め切りがなければそれでもいいのかもしれません。でもありがたいことにエプサイトでの展示の機会をいただくことができて、しかも展示が半年先ということで、束の作品を作るためのテンポを作らないといけなくなり、デジタルカメラとインクジェットプリンターを使うことを決断しました。」

フク:「確かに島に住んでいると撮影からプリントまでの時間差が比べ物にならないですね。それでも1枚1枚はいいなと思える作品は撮れるかもしれませんが、撮った時の勢いとかテンポのようなものが大切な写真展やポートフォリオで発表するような組作品を作る上では厳しいかもしれません。それでは、今回の写真展「Stranger of island-海士-」は昨年の11月に展示が決まってそこからデジタルカメラで撮り始めた作品なんですね。」

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太田さん:「そうです。ですから夏の写真がないんです。」

フク:「この続きの写真が見たいですね。今回の写真展で展示されている写真はご自宅でプリントされたんですか?」

太田さん:「仕事が終わって家でプリントしていました。」

フク:「漁師の仕事なんか朝が早いと思いますが、並行して作品仕上げって大変そうですね。」

太田さん:「そんなことないですよ。色の補正とかほとんどないですし、ほぼ1回で納得のいくものをプリントすることができました。」

フク:「とてもそのようには見えない非常に完成度の高い美しいプリントですよね。今後の写真が早く見たいです。」

太田さん:「浜田から海士へ移り住んだみたいに、毎度、展覧会が終わったから次の土地へというわけにはいきませんから、これからはどうやって写真家であり続けながら島に居続けることができるかが課題です。おそらく作り続けないといけないのでしょうけど、それには現在の仕事をどのように調整して、どのような切り口で、どのように撮りためていくかを考えていかなければと思っています。」

フク:「とても26歳の方とお話ししているようには思えないしっかりとした考え方で作品づくりと向かい合っていて感動いたしました。今後の展開も非常に楽しみです。ありがとうございました。」

関連サイト:島根県隠岐郡海士町観光協会 http://oki-ama.org

いかがだったでしょうか?

若さからの行動力と意志、若さを感じさせない思考力が共存する、なにか不思議な印象を覚えました。今後の活動と作品にも注目していきたいですね。

それではまた、宜しくお願い致します。

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