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2014年04月30日 | Posted by フク

フォトグラファーズレポート ~伊丹豪さん~

みなさんこんにちは、フクです。

今回のフォトグラファーズレポートは、以前のギャラリーチームのエントリーでも2月のepSITEでの写真展開催でご紹介した伊丹豪さんです。

伊丹豪さんは現在日本で最も勢いのある写真作家のひとりと言っていいのではないでしょうか。その活動は国内はもとより海外でも評価され、2014年も展覧会や本の出版と予定が目白押しです。今回は乗りに乗っている作家伊丹さんに、現在にいたる道のりと今後についてお話を伺って参りました。

~50人に支えてもらった~

フク:「それこそ、ここ2~3年で伊丹さんの名前は急激に拡散しているように思いますが、このような状況になったのは何がきっかけだったのでしょう?」

Ig2伊丹さん:「自分で本を作ったのがきっかけです。経緯はあまり覚えていないのですが、写真をやっている後輩の男の子に「とりあえず作って損はないから作りましょう」と言われて制作しました。それが「MAZIME」というシリーズの1冊目で、当時やっていた8×10のシリーズを掲載した50部限定の本でした。本に対しては、作る前は正直乗り気ではなかったのですが、出来上がってみると達成感もあり嬉しくて、これを流出させたいと思うようになりました。そこで、インディペンデントなアーティストの本を扱っている本屋に置いてもらったのですが、50部があっという間に売れてしまったのです。」

フク:「それはすごい。」

伊丹さん:「すごく嬉しかったですね。あの頃はこれからどうしたらいいか、どういった作品を作っていけばいいのか迷走していましたので、まさに救いの光でした。50人の買ってくれた人に支えられたといってもいいのかなと思います。これをきっかけにMAZIME2、MAZIME3と作っていきました。MAZIME3はデジタルで撮ったはじめての作品集で、これまで通り国内の流通にかけたのですが、それと同時に海外の出版社、見てほしい人、本屋、写真家・・・とにかく自分が気になった人達に向けて送っていったのです。」

フク:「海外の反応はどうでしたか?」

伊丹さん:「はじめはちょいちょいでしたが、4冊目を送ったあたりから反応が大きくなりました。3冊目を送った時には反応がなかった人達も4冊目から声をかけてきてくれたり、海外のサイトからインタビューの依頼がきたりしました。」

フク:「なるほど。やはり作家活動をするには海外の方が向いていると思いますか?」

伊丹さん:「たまたま僕が写真を送ってみたところ、海外の方の反応が速かっただけですね。だからって海外の方が写真を見る目があるとか、自分の活動に向いているとは今のところ思っていません。」

フク:「MAZIME以降はどのような展開をしたのですか?」

伊丹さん:「国内で5箇所の巡回展を1年くらいかけて行いました。これは自分で企画をして、MAZIMEを取り扱ってくれている本屋さんが併設しているギャラリーにお願いして実現しました。本をつくることで、インディーズを巻き込みながら反応を起こしていくような方法はありなんだと確信を持ちましたが、本だけでできることの限界も同時に見えてきましたので、やはり展示も必要だと思ったのです。こうすることで自分を認知してくれる人は増えました。全国を巡回しているというのが大きかったみたいですね。そうこうしているうちに徐々に国内でも色々なところから声が掛かるようになり、次の写真集「study」にもつながっていきました。」

~今のスタイルはデジタルカメラとPX-5Vから~

フク:「studyと言えば、同名の写真展が2月から3月にかけてepSITEとPOETIC SCAPEの2箇所で同時開催が終わったばかりですね。それぞれ展示方法が大きく異なり見応えがありました。特にepSITEでの展示は作品を天井から吊るすという今までにない方法で展開されていましたが、あのような展示はどのような経緯でたどり着いたのでしょう?」

伊丹さん:「2箇所で展覧会をさせてもらったことは本当に嬉しかったです。epSITEの展示に関しては、写真の世界だけで通用する方法ではなく、「様々なメディアの中のひとつとしての写真」という視点から面白く見せるにはどうしたらいいかを考えた結果でした。あの展示では写真は平面、物理的には紙であるということを見せようと考えました。勿論そう単純なわけではなく、その裏には色々と難しいこともあります。ただ、写真というのは光学的な操作の結果であって、シャッターを押せば目の前がひとまずはキャプチャされる、ということを言いたかったんです。ですからきちっと額に入れて飾るのではなく、横を通れば揺れ、後ろから見たら透けることを見せる必要がありました。あれはepSITEだからこそできるプレゼンテーションだったと思います。」

Igepsite
フク:「先月取材した安達ロベルトさんも、写真を様々なメディアの中のひとつとして捉えている方だと思います。伊丹さんも、安達さんのように他のメディアでも表現活動をしているのですか?」

伊丹さん:「いえ。写真だけです。僕は今まで写真を写真という枠でずっと見てきました。そもそも僕はその狭い世界に憧れてきたのです。でも昨年あたりからいろいろなデザイナーや写真家と話をする中で、写真を枠の外から考えるようになりました。」

フク:「伊丹さんの作品を拝見していて印象的なのは、徹底してタテ位置の写真、しかも撮影時にかなり絞り込んで撮るスタイルですが、この方法で一貫しているのはいつ頃からでしょう?また、何故その方法なのですか?」

伊丹さん:「現在のタテ位置と絞りができたのは、2004年にプンクトゥムというギャラリーでやった初個展「その地図を燃やせ」あたりからでした。その頃に今につながるスタイルの原型があります。タテ位置絞り込みはスタイルというよりも少し自分に制約を掛けて、その中でどう自由に動くか、という自由のための制約です。」

フク:「10年前だったんですね。」

伊丹さん:「今のように撮れるようになったのは更にしばらく経って、デジタルカメラを使い始めてからですけどね。ニコンのD3Sというカメラがそれまで撮影時に不可欠だった三脚から開放してくれ、身体的に撮れるようになり、PX-5Vが色の問題をクリアしてくれました。それ以降デジタルだけで作品づくりをしています。」

フク:「なるほど。10年間タテ位置、絞り込みを続けてこられた根底と言いますか原動力って何だったのでしょう?」

伊丹さん:「そのスタイルが面白いと思っていたのは確かですが、「絶対に負けへん」という思いです。写真を見せるとみんな好き勝手なことを言いますよね?中にはすごく悔しい思いをすることもありまして、それに対して負けたくないという決意が原動力でした。これで何とかして見返してやろうという・・・かなり負のモチベーションです(笑)。」

~本屋の外の景色を見た時に写真の力を感じた~

フク:「話は大きくもどりますが、伊丹さんが作家活動をするようになったきっかけは何だったのでしょう?」

Ig3伊丹さん:「そもそも写真に出会ったのは文化服装学院にいた時でした。高校を卒業して2年ほど浪人をしまして、その後入った大学も入学直後に辞めてしまいましたので、専門学校に入ったのは21歳の頃でした。当時はファッションや雑誌の文化に興味を持っていたこともあって、プレスとか雑誌の編集を養成するコースに入ったのですが、そこで週に1度写真の授業があったのです。カメラで撮ってきた写真を先生に講評してもらう、オーソドックスな写真の授業と言っていいと思います。そこではじめてカメラを買うことになりました。」

フク:「ファッションや雑誌の編集を目標としていたのに、いきなり写真と言われて違和感はありませんでしたか?」

伊丹さん:「写真に対しては当時、違和感と言うかマイナスイメージを持っていました。周りがみんなコンパクトカメラでどこもかしこも写真を撮って、撮ればおしゃれみたいな空気になっていたからでした。ただカメラという機械はなんとなく嫌いではなかったので、その時はすんなりカメラを買うことはできましたね。周りは比較的入門機的なカメラを用意する中、いきなりコンタックスの一眼レフを買って写真を撮りはじめました。」

フク:「当時のコンタックスって高級機材ですよね。」

伊丹さん:「その時は何も分からず、周りと違う物というだけで買いました(笑)。そして写真の授業の初めての講評で、撮ってきた写真をスライドでみんなの前で見せていく時に、先生に「あなた写真やっていたの?」と言われまして、そこで「あ、これなんや」って思い込んだのです。写真をやっていこうと思ったきっかけはここです。」

フク:「そこから作家活動にいきなりのめり込んだのですか?」

伊丹さん:「いえ。そこからしばらくはファッション写真のまねごとを撮っていました。しかし少し撮り続けているうちに、撮影の度にモデル、スタイリスト、ヘアメイクを決めて、さらにテーマを決めなければいけないところに何か噓のようなものを感じ、面白さがなくなってきました。そうした時に新宿の青山ブックセンターで佐内正史さんの写真集「生きている」を見たのが写真作家との出会いだったように思います。」

フク:「「生きている」を見て、これだ!って思ったのですか?」

伊丹さん:「はじめ見たときは全く意味が分からなかったんですよ。色も変でしたし、「なんでこんなもん撮ったんやろ?」って思うものが写っているし・・・でも本屋に行く度になぜか手に取ってしまったのです。そのうち写真集を見た後に本屋から出ると、そとの景色が佐内さんの写真のように見えてきまして、カメラを持っても佐内さんみたいな写真を撮ろうとしていたり・・・そこから日本の写真作家って面白いと思うようになったのです。多分あの時が写真の力を実感した最初の体験なんだと思います。」

伊丹さん:「本格的に写真作品を意識して作りはじめたのは、文化服装学院卒業後、少し間をあけてからの25歳の時でした。シアトルに留学している友人のところに3ヶ月間転がり込んだのですが、そのときはじめて大量にフィルムを持って毎日作品づくりをしました。佐内さんや森山大道さん、荒木経惟さんのように毎日撮影するという行為です。そこで撮ったものは日本に帰ってすぐに現像して、親に借金をして自宅にカラー暗室を作り、それをリクルートのひとつぼ展に出しました。」

フク:「いきなりカラー暗室ってできるものですか?」

伊丹さん:「学校ではもちろんそこまで教わりませんでしたので、はじめは全くできませんでしたよ。本で調べたりヨドバシカメラの店員さんに聞きに行ったり、とにかく実践あるのみでした。しばらくかかって少しずつ色を出せるようになりました。」

フク:「ひとつぼ展に出した時の反応はどうだったのでしょう?」

伊丹さん:「自分としては結構いい物ができたと思っていたのですが、返ってきたコメントは、センスは感じるけど器用貧乏だという内容でした。」

フク:「今でこそ引く手あまたな作家さんですが、こう話をお聞きすると、ご自身で一歩一歩道を切り開いてきた結果なんですね。」

Ig1伊丹さん:「そんなことないです。いろんな人が知ってくれるようになったのは2013年くらいからです。それまで長い長いトンネルにいたような感じですので、今の状況が自分でも信じられません。自分で切り開いてきたなんて聞こえはいいですが、実際は自分でやるしかなかったんですよ。相手にもされなかったというのが実際です(笑)。」

フク:「今後の活動のご予定をお聞かせください。」

伊丹さん:「現在開催中の京都グラフィー国際写真フェスティバルに参加しています。また、個展も決まっています(※1)。年内の予定もおおよそは決まってきています。」

フク:「ものすごいスケジュールですね・・・」

伊丹さん:「ほんと自分でも信じられないくらいです。でもまだまだこれからですので、これを機にがんばっていきたいと思います。」

Ig4
※1)伊丹豪写真展「go itami study / copy / print」

 2014年5月30日 (火) ~6月15日 (日) 

 @HAPPA / sakumotto (東京都目黒区上目黒2-30-6)

いかがだったでしょうか?次回もお楽しみに~。

それではまた、宜しくお願い致します。

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