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2012年10月31日 | Posted by フク

フォトグラファーズレポート2012 ~戸澤裕司さん~

みなさんこんにちは、フクです。

今月もまた末日を迎えました。そろそろ冬支度でしょうか。木々達も色づきはじめ、紅葉も撮影するのにもいい季節になって参りました。

さて、フォトグラファーズレポート第6回目は先日までepSITEで写真展を行われていた戸澤裕司さんです。

~写真との出会い~

フク:「戸澤さんは現在、人物ドキュメンタリーのお仕事を週刊誌など雑誌の媒体で発表されていますが、そもそもどういういきさつでこの世界に飛び込んだのですか?」

Tozawa1 戸澤さん:「僕ははじめから写真を目指していたわけではなく、もともと好きだったのは文学といった本の世界でした。僕が高校時代、それは80年代初頭ですが、石川県の小松という町に住んでいました。その頃ブームになっていたのが「東京本」と呼ばれるものでした。いわゆる藤原新也さんの「東京漂流」などです。」

フク:「いきなり藤原さんが出てきましたね!」

戸澤さん:「そうですね(笑)。80年代に藤原新也という作家にはまっていました。写真に興味をもったのも彼の本からで、「印度放浪」などの作品を見て、「あぁこれは写真の話なんだ」と気がついて、徐々に写真に興味を持ちました。それから少しずつカメラ雑誌を斜め読みするようになり・・・旅をして写真と文章を書いて生活ができるのであれば素晴らしいことだなと思いはじめました。」

フク:「それから写真の道に?」

戸澤さん:「少しずつ意識をしていましたね。修学旅行の時の積立金の一部をごまかしてお金を貯めて、東京に上京した時に中古の一番安いライカを買って帰りました。高校には写真部があり、理科の先生が教えてくれていましたが、そこで暗室のまねごとをしたり。」

フク:「当時から被写体はドキュメントですか?」

戸澤さん:「いやいやそこはいきなりではありません(笑)。遊びでかじる程度の写真部でしたので、文化祭の時に友達から好きな女の子がいるから写真を撮ってプリントしてくれよと頼まれプリントをしたりです(笑)。卒業が近くなり進学という時期になり、もう少し写真をやってみたいなという気持ちになり、写真の学校に入ることにしました。日吉にある東京綜合写真専門学校です。親の反対を押し切って入ったものですから、それがきっかけで父親とは絶縁してしまいました。」

フク:「さらっとすごいことをおっしゃいますね(驚)

戸澤さん:「しかしおふくろはやるんだったら一生懸命やれと応援してくれました。」

戸澤さん:「今のドキュメンタリーの仕事は学校を卒業した時に期せずして舞い降りてきたものでした。きっかけは写真学校の3年間を終えた卒業式の日に、ゼミの先生から「明日から朝日新聞社に行け」って言われたことです。暗室のアルバイトか何かを斡旋してくれたのだと思い翌日行ってみると、週刊朝日のグラビアの専属のカメラマンだという話で、いきなりカメラを持たされ現場の最前線に放り込まれました。当時は写真週刊誌が全盛期か、それを少し過ぎた時代。フライデーやフォーカス、フラッシュなど有名な写真週刊誌が何誌もありました。僕が呼ばれた理由は写真の技術ではなく、体力勝負で身体が動く人間だったからだと思います。初日から前線に放り込まれて何も分からず、その後いろいろな現場を撮っていました。」

フク:「なるほど。そのあと藤原新也さんの助手になったわけですか?」

戸澤さん:「そうです。週刊朝日に入ってしばらくすると写真週刊誌が時代の流れとともに陰りが出てきました。雑誌がこれまでと異なりグラビア形式に編集方針を変え、アートディレクターが編集に入るようになったのです。週刊朝日のアートディレクターは装丁家の三村淳氏でした。彼は開高健※1など多くの文芸の作家に信頼され一目置かれた方ですが、僕をゼロから叩き直すということをしてくれたのです。彼の周りには池澤夏樹※2をはじめ、自然を愛する写真家などが大勢いて、仕事の傍ら三村氏が作家達と自然のなかで遊ぶ場にともにする機会に恵まれました。

戸澤さん:「その中に藤原新也氏がいまして、気がつくとお手伝いから助手という形になっていったのです。週刊朝日の専属カメラマン契約が89年に終了し、藤原氏のまねをして世界を放浪しようとして旅立つと、すぐに天安門事件に巻き込まれて日本に帰れなくなりました。3ヶ月くらいの滞在のつもりが中国を出たときは既に7ヶ月が経過していました。その後もアジアを旅して日本に帰ってきて、フリーランスのカメラマンとしてスタートしたのです。JTBの「旅」という月刊誌で紀行写真を撮らせてもらったり、作家と一緒に旅をするような仕事が多くなったのはこの頃からです。図らずして人物のドキュメンタリーというジャンルに飛び込むことなりました。」

Tozawa2_2

フク:「ご自身が憧れた現場や人が次々と現実に近づいてくる感じですねー。」

戸澤さん:「まったくそのとおりです。高校の頃憧れていた人を気がつけば自分が手伝うようになり、いいなと思っていた仕事に今就けているなんて運がいいのだろうと思います。」

~「カジマヤー」~

Tozawa3_2

フク:「10月に新宿のepSITEで写真展「カジマヤー(風車祝い)~島人をめぐる断章~」を開催していましたよね?この写真展の舞台は沖縄でしたが、これはどういったきっかけで撮るようになったのでしょう?」

戸澤さん:「おかげさまで写真展は好評のうちに終わることができました。そもそも今回の写真展の主題も人物ドキュメンタリーの仕事の中で生まれた出会いがきっかけでした。主人公の仲里さんは週刊朝日の取材で沖縄本島に行った時にコーディネーターとしてサポートしてくれた方で、藤原氏が沖縄本島にいく際にも手伝っている人だったりと接点がありました。その彼の生き方に大変興味をそそられて、何度か自宅や仕事場にまでお邪魔して撮影をしはじめたのがきっかけです。そのうちに彼のお母さんのカジマヤーという大きなイベントに招かれ撮影させてもらったのです。この時の写真は写真展のDMにもさせてもらっていました。

戸澤さん:「カジマヤーは沖縄の長寿のお祝いで、97歳の旧暦9月7日になると盛大なパーティーを行ないます。この時も写真にあるような盛大なパーティーを行い、仲里さんのお母さんが生まれた粟国島にもう一度連れて行ってあげようというプレゼントを仲里さんが企画して、僕もお手伝いしながら撮影させていただいたのです。セスナをチャーターしての里帰りでした。そうした付き合いがあった仲里さんのお母さんですが、お祝いのあと100歳目前に亡くなられてしまいました。それが2005年。葬儀に駆けつけなんとか間に合い、それ以降、親戚や、粟国島の方達にもお世話になり、付き合いがずっと続いています。」

フク:「そうしますと撮りはじめたのは結構以前からなんですね。」

戸澤さん:「そうです。カジマヤーのお祝いや里帰りの頃の写真はフィルムで撮っていました。デジタルカメラで撮った写真は後半のお葬式からで洗骨の儀の最後までです。」

フク:「洗骨の儀というのはこれもめずらしい風習ですね。」

戸澤さん:「ええ。これは沖縄でも離島だけに残った風習で、亡くなった方を火葬せずにお別れし、7年後に再び棺を開けて骨を洗い厨子瓶(ずしがめ)という大きな骨壺に家族単位で一緒にして納骨しなおす、という儀式です。本来は家族親族以外には絶対に見せない儀式で、岡本太郎もかつて見たいといって結局見ることができなかったといわれた儀式です。話には聞いたことがありましたが、僕がそれを見てしかも写真が撮れるなど思いもよりませんでした。」
 
戸澤さん:「2011年の後半に仲里さんから連絡があり、ここまでの長い付き合いだし、薄れゆく風習でもあるからちゃんと記録として撮ってと言ってくださったので弔いの意味も込めて撮影させて頂きました。実はおっかなびっくりで腰が引けていましたが(笑)。」

フク:「写真展ではそのあたりのシーンも展開されていますね。」

戸澤さん:「土葬の時もお母さんをチャーターしたセスナでお運びして、粟国の地に埋葬していましたので、再び棺を開けて骨を洗う姿を見せていただきました。
お父さんは先に亡くなっていましたので、お父さんの眠る厨子瓶に骨を納め、これは改めての何十年ぶりの結婚式だねって…そしてこれでようやく長い喪が明ける、お祝いなんですね。」
 
戸澤さん:「この儀式を見るまで、僕の心はダウンしていました。それはこの年は地震の取材で多くの不幸の現場を目の当たりにし、帰京した後もイメージとしての何万人の死というものに心が浸食されていたのです。しかし粟国で、生前のお顔までよく知る人の骨を、運命共同体のような人間たちが屈託なく洗っているところをリアルに見て、「あぁそうか、死というイメージによって自分の心はダウンしていたんだけども、実際に質量を感じる目の前のお骨、その人の生きてきた姿を含めた死をしっかりと心と身体が理解して取り込むことができたら、ヒトの気持は恐怖にとらわれずにもう少し楽になれるんだな」って実感したのです。リアルな死を観て想う、シンプルな、本当の、死生観。藤原さんも「人間が人間の気持ちを軽くする」というような話をなさっていましたが、それがようやく自分の身で体感できた瞬間でした。そしてこうした僕が感じ取った死生観を多くの人に伝えたいという思いで急遽作品編集をし、展覧会を行なったのです。」

フク:「そうしたお話を聞くと写真展がまたひとつ見え方が変わってくるようです。もう一度見たいですね。」

戸澤さん:「10月から御社が行なうエプソンニューフォトフォーラムでもその一部を展示しますし、フォトセミナーではスライド上映会のような形で見せてお話もしますので、是非見ていただきたいです。」

フク:「エプソンニューフォトフォーラムの宣伝も挟んで頂きありがとう御座います!」

~フォトセミナーで伝えていきたいこと~

フク:「今回エプソンニューフォトフォーラムではセミナーもされるんですよね?」

Tozawa4 戸澤さん:「ええ。先日も第1回目の大阪で「人物・ドキュメンタリー写真を仕上げる」と題したセミナーをやってきました。この他にも現在はepSITEで月に一度ワークショップをやらさせてもらっていますが、そこでの内容は「デジタル写真の見方」といった少し広範囲なテーマです。」

フク:「2つはやはり全く異なる内容ですか?」

戸澤さん:「内容はもちろん違います。しかし伝えていきたい根っこの部分は一貫しています。」
 
戸澤さん:「まず僕自身のやり方として、どうやってデジタルで作品を作ればいいのかというお話では、自分が出来たと思ったデータでも、そこから例えばカラーバランスだったり彩度、明度などをわざと前後に振ってみて、それを必ずプリントに起こすという作業を勧めています。結局モニターもキャリブレーションの仕方によってどうなるか分かりませんし、プリントして初めて見えてくる立体感、奥行き、空気感といったものはモニターでは見えません。ですので必ずプリントにして見ることを最初のうちは徹底して行います。ワークショップでは、この、プリントを自身の判断の基準にしましょうということを伝えています。実際の紙にプリントしたものを見て、反省したり、そこから「ではどうするか」を考えた方が自分の身に付くことも多いと思っています。」

フク:「プリントってやはり作品づくりには欠かせないですよね。」

戸澤さん:「そうですね。僕のセミナーは本当に初歩の初歩を言っているだけですが、それでも最近皆がプリントする量が減ってきているように感じます。でも、作品づくりという視点から少し外れて、ひとつの写真と考えますとプリントって本当に大事なんです。僕がそれを痛烈に感じたのは震災の取材がきっかけでした。避難所をまわって取材をしていましたが、被災した方々は何もすることがなくて、何をしているかというと避難所の入口の籠の中にあつめられた膨大なアルバム、汚れた写真の中からひたすら自分や自分の知り合いの写真がないかを探していました。それは北は宮古の浄土が浜から南の閖上まで、僕が回った避難所全てで行なわれていました。家族や家や財産がなくなった皆さんは、せめて写真だけは手元に残したいと写真を探していたのです。それは同じ写真をやっている者としてすごく衝撃でした。普段僕も含めて皆さんもたくさんの写真を撮っていますが、そのほとんどはハードディスクに保存されています。でもこの状態でまた地震や津波が来たらすべて終わりです。紙に残した写真がいかに大事なものかということを被災地で徹底的に見せつけられたわけです。失敗したプリントだろうが何だろうがプリントはプリントなんですね。紙として残っていれば汚れていても再生することができるのです。ですので失敗したり面白くなかった写真でも、出来るだけプリントにしましょうということをニューフォトフォーラムでも一環して伝えていきたいです。」

※1開高健:1930-1980年 小説家 昭和32年「裸の王様」で第38回芥川賞受賞。以降毎日出版文化賞、川端康成文学賞、菊池寛賞、日本文学大賞などの賞を受賞。
※2池澤夏樹:1945年- 小説家・詩人  芥川龍之介賞・ 毎日出版文化賞など受賞多数

次回もお楽しみに!次回は・・・セミナー講師つながりであの方に!?

それではまた、宜しくお願い致します。

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