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2015年12月29日 | Posted by フク

フォトグラファーズレポート ~山内悠さん~

みなさんこんにちは、フクです。

早いもので2015年も残すところわずか、我々エプソンも本日が最終日となりました。今年もプロセレブログをご愛読いただきありがとうございました。

2016年もライター一同尽力してまいりますので、引き続き宜しくお願いいたします!

さて、2015年最後のフォトグラファーズレポートは、写真家山内悠さんをお迎えします。

<山内悠(やまうちゆう)さんプロフィール>

1977年、兵庫県生まれ

独学で写真をはじめる。

スタジオアシスタントを経て、作品制作を続ける。

2010年、写真集「夜明け」(AKAAKA)を刊行。

2014年、書籍「雲の上に住む人」(静山社)を刊行。

~「写真に責任をとりなさい」が写真をまとめる行為へつながった~ 

フク:「山内さんは2006年にエプソンカラーイメージングコンテストで入賞され、それ以降写真家として活躍されています。」

山内さん:「僕の写真家としてのスタートはエプソンからと言ってもいいですね。あの入賞があったから今こうして写真をやっています。」

フク:「そうなんですか?」 

山内さん:「僕がエプソンのカラーイメージングコンテストで受賞したのは2006年。当時は、もう写真をやめようと思っていまして、パソコンやプリンターを全て捨てて富士山の山小屋にいる時でした。応募した作品は、僕が20歳くらいの頃の処女作ともいえるものでした。」

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山内さん:「僕が写真を撮り始めたのは中学生の頃、クラスの写真集を作ることになって撮り始めたのがスタートです。以来20歳くらいまで写真を撮ってはいましたが、いわゆる撮りっぱなし。撮るだけ撮って写真屋さんのL判プリントを見て満足している状態でした。写真の世界に惹かれたのはファインダーの中を覗いた時のボケる感じ。僕が目で見ている世界とファインダーの中の世界が別世界のように見えたのが面白かったですね。さらにスローシャッターで撮影すると、光がブレたり伸びたりしますが、それがさらに違う世界のようで、そこに面白さを感じました。これを撮ったらどんな風に写ってくるのかな?という好奇心だけで撮っていました。」

フク:「作品としてまとめるきっかけはなんだったのでしょう?」

山内さん:「ある時誰かに、「撮った写真に責任をとりなさい」みたいなことを言われたのがきっかけです。自分なりに出した答えが、まとめるという行為、そして本にするという行為でした。それが受賞作品の「俺のセンチな青い春」になります。この時にはじめてパソコンとプリンターとスキャナーを買って自分でプリントをしました。」

フク:「なぜ本という形に?」

山内さん:「この写真はアルバムに貼って見せるような形態ではないなって思ったのは憶えています。模索している中で本屋に行き、写真集を手に取ることがあり結局その流れですね。こんなカタチがあるのかと思いました。」

~上京して写真をやめようと思った~

フク:「「俺のセンチな青い春」をカラーイメージングコンテストに出されるまでかなり時間が経過されていますが。」

山内さん:「大学は美術系でもなんでもない大学で、周りで写真はもちろん芸術をやっている人は誰もいない環境でした。この頃にはよく旅に出ていて、その写真を撮ってまとめることばかりやっていました。」

フク:「周りに誰も写真をやっている人がいない中でよく続けられましたね。」

山内さん:「面白かったですし、なぜか夢中にこれを続けなければと思うようになっていました。この頃には「俺のセンチな青い春」はすでに出来上がっていたのですが、これと旅の写真をミックスした作品を作ってみたりもしていました。大学を卒業後、写真で生きて行こうと決めまして、上京してスタジオのアシスタントになりました。ですが、その世界は僕が思い描いていたのと違う世界で、そこに違和感を感じました。」

フク:「どういった違和感ですか?」

山内さん:「これまで写真をやっている人が周りに全く居なかったのに、この世界に入って急に写真をやっている人だらけという変化も自分の在り方を問うような感じがあったのだと思います。そしてコマーシャルでの撮影を端から見ていて、それが自分のこれまで撮っていた写真、衝動に駆られて撮っているような写真ではないというのが感じられた。これが主な理由でした。感動がないのにシャッターは押せないな、でも生きて行くには撮り続けなければならないのか・・・そのギャップを強く感じているうちに徐々に写真自体が良くわからなくなってしまったのです。」

フク:「ところで、山内さんの衝動ってどういう感覚でしょう?」

山内さん:「漠然とはしていますが、それは旅の中の感覚、生きているライブ感というか、何が起こるかわからないギリギリな感じのなかで生じる突発的な衝動ですかね。そこを探していました。学生の時、往復チケットで海外へ行き、帰りのチケットは破り捨てて、さあどうしましょう?というような旅をしていました。また大学や友達といる時もそのテンションを味わおうと、突発的な「旅」をしていました。いきなりヒッチハイクで思いついたとこに行ってみたり、例えばとんこつラーメンを食べたいと思ったら博多にいってみたりみたいな・・・。」

フク:「結構無茶苦茶なことをやっていますね(笑)。アシスタントをされていた頃、作品づくりはしていたのですか?」

山内さん:「もちろんやっていました。同僚はスタイリストやモデルとテスト撮影をしたりポートフォリオを作ったりしていたのですが、僕はそれが出来ずにやっていたのは空いた時間に写真を撮ってL判のプリントを構成していることくらいでした。スタジオに暗室もあったので時々それをプリントしたりして。。」

フク:「それがひとつのシリーズになったりしたのですか?」

山内さん:「いえ。当時は出来のいい作品はございませんで・・・結局昔の感覚、旅の感覚で撮影していた頃を追っかけているだけの作品でした。後から見直してもそれがよく出ています。それが結構長いこと続き、これはもう辞めたほうがいいという結論になりスタジオを退職することにしたのです。」

フク:「アシスタントを辞めた後はどうされたのですか?」

山内さん:「しばらくはフリーランスのアシスタントをしていました。でも以前と変わらない状況ですよね。そして、友人が山小屋に働きに行くという話を聞き、一緒に連れて行ってもらうことにしたのです。」

フク:「それが富士山のシリーズの始まりなのですね。」

山内さん:「結果的にはそうなります。でも当時はとにかくアシスタントから逃れるのが大きかったです。自分のこれから進む道は写真ではないかも、次の身の振り方を考えるために行ったというのが正直なところでした。住んでいた東京の家も引き払いましたし、パソコンやプリンターも全部処分して山へ行きました。そしてカラーイメージングコンテストの応募要項を見つけて、山に行く前に応募していたのです。」

フク:「山小屋とは、どのようなお仕事だったのですか?」

山内さん:「6月から10月まで営業している山小屋の仕事をしに行きました。営業準備をするために6月1日に山に入るのですが、まず雪に埋まっている山小屋を掘りだす所からはじまる仕事です。そしてなんとか雪を避けた窓から小屋に入り、そこで飯を食って寝るわけです。昼は小屋から出て雪をかき、それを溶かして飲み水を作り、生きていくという営みだけをしながら山開きに備えます。すごくスリリングな体験ですよね(笑)。先ほど話に出ました旅の中の感覚が日常で味わえる空間です。目の前には雲海が広がり、夜は無限の星空、つまり宇宙が広がります。太陽と月と地球が完璧な距離で関係していて、このすべてが完璧な調和で成り立つことを感じてしまうような場所でした。その生活の中に居ますと、自分たちもこの宇宙、自然の一部として此処に居る感覚になって、いろんな枠組みが意識から外れて行くのを感じました。街にいた時に抱えていた悩みや色々がなんて独りよがりで、しかも自分が好きに撮った写真で生きていこうなど、なんておこがましいことだろうって(笑)。」

フク:「だいぶ達観した世界に入り込んでしまいましたね。」

山内さん:「僕を写真の世界に引き止めてくれたのはカラーイメージングコンテストの受賞です。山小屋に親から「なんか受賞したらしいで」って(笑)。この時は本当に嬉しかったですよ。ああ、僕のやってきた写真はまだ間違っていなかったのかなって。もう写真をやめる気でいましたし、山小屋が終わったら次は沖縄の農家で住込みの仕事がもう決まっていましたしね。」

~流れに身を委ねた活動~

フク:「「夜明け」について聞かせて下さい。」

山内さん:「下山して富士山で撮った写真を街の中で見たのがきっかけでした。見た瞬間に雲の上まで意識が垂直にグンと引き上げられたような感覚と、「頭の上にこの世界が広がっているんだ」って感じたんです。街でもあの宇宙、自然の一部としてすべてを感じる感覚が蘇ったんです。下山して僅かな時間しか経っていないのに、光景や感覚が別世界として既に忘れてしまっていたんです。そこで、この写真はこれからも撮り続けるべきだと思いました。」

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山内さん:「しかし、先に「雲の上に住む人」という作品ができました。僕が毎年5ヶ月間仕事をしていた山小屋の主人で40年以上山小屋を営まれているオヤジを中心にまとめた作品です。翌年、僕が再び山小屋に行った時に、彼が心臓の持病を悪化させブルドーザーで運ばれて下山し、しかも女将さんは小屋を守るために一人残るという事態を目の当たりにしたのがこの作品のきっかけでした。彼は自分の山小屋を通して小屋の本質であったり、自然と人間のあり方を伝えようと命を此処に使っている。僕自身は写真を撮れる人でそこに居るにも関らずそうした彼の生きているその姿を全く撮っていなかった。それが本当にショックでした。僕の写真は本当に独りよがりでこんな物ならやっぱりやめてしまおうと思いました。けど、彼は助かって再び戻ってきたのです!そこから彼がそこに生きた姿を記録しようとシャッターを切りはじめました。今までは自分のために撮っていた写真でしたが、そこから向き合う対象が変わったのです。そして、この作品の制作中に「夜明け」の構想が思いついたのです。その後2年間はそれに向かって雲だけを撮り続けました。この宇宙、自然と全てが一つであるということに向き合いました。予測不可能に変わりつづけるこの宇宙、自然の変化に対して、自らも意志や思考も外して全てを委ねてみようと思いました。例えば、様々なフィルムを毎日くじ引きのように選んでは撮影をしてみたり、予測不可能な現像プロセスを試してみたりです。実は地球のように見える写真も暗室で偶然的に露出アンダーで逆さまに絵が出来たそのままを作品として使っています。」

フク:「ところでホームページを拝見しますと、現在はニュープロジェクトということで樹のシリーズと遊牧民を撮っているシリーズがアップされていますが。」

山内さん:「屋久島とモンゴルですね。現在手がけているプロジェクトです。これらも富士山から続いているんです。例えば屋久島は1年目の富士山を下山し、エプソンカラーイメージングコンテストの写真展の後に西表島へ行き、ジャングルで過ごしたことからの流れです。富士山で知った「僕たちは自然の一部」としての在り方を確認するためでした。森を歩き続けて舞台は西表島から屋久島に移りましたが、そこではなぜいまの人類が自然と調和出来ないのかを知ることになりました。また現在僕は長野県に住んでいますが、これも土地があるから使っていいよと言ってくださった方がいまして移り住んだのですが、その土地にゲルを建ててみたいと思い、モンゴルに行ったのがきっかけです。しかし、そのモンゴルではそれどころではない世界を見せつけられたのです!人間と自然と動物、本来在るべき完璧な姿を見たのですが、撮影するとそれがちょっと何だか面白い感じなのです!(笑)。」

フク:「なんかそこまで一貫して繋がっているのはすごいですね。」

山内さん:「こうしたこれまでの流れに感謝ですね。2016年も制作は引き続いておりますが、ここも流れに委ねて、、と言いながらもかなり正念場と思ってますけど!(笑)」

いかがだったでしょうか?

2016年も引き続き宜しくお願い致します。

また、2016年よりフォトグラファーズレポートは2ヶ月ごと、偶数月の隔月の公開とさせていただきます。

引き続きご愛顧くださいませ。

それではまた、宜しくお願い致します。

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